あの日のパノラマ

伝えてみよう。好きなんだよ。

その向こう側に

このタイミングでこれっきりとなるだろうブログを作ったのは、一度自分の気持ちをどこかに整理しておきたかったからだ。

先に言っておくと、これからここに書くことは、彼を応援している人にも、彼から担降りした人にも、どちらにも共感してもらえないかもしれない。

それが苦しくて、この場所を作ってしまった。長々と書くけれど、どうか、こんな人もいるんだなと受け流して欲しい。

 

結論から言う。私は推しさんのファンをやめられないオタクをしている。

やめようとは思ってないが、やめられたらスッキリするのかなとも思っている。やめようと思っていないことが共感されない理由である。

 

オタクになるまで

前々から好きな声の人は何人かいたけれど、どんな人がやっているんだろうと検索して宣材写真を見て、失礼ながら「お、おう…?」と思っていた。

推しさんについても、親や友人から「イケメンだね」と言われて「イケメンなんだ…」と思ったぐらいだ。今でもイケメンだとは思ってないし、顔が好きでファンをやっているならとっくにファンをやめていただろう。*1

 

きっかけは当たり前だがアニメだった。しかし、自分の好きなキャラをやっているわけではなかった。同時期に何本か違う作品に出演することが多い彼の演じ分け、演技力、細かい技術力にただ圧倒された。

そこからは何かのネジが飛んだように本人名義のCDやラジオを聞いて、現場にも強火で通いまくるようになり、今に至る。

例の日より少し前に大々的にやっていたイベントは二日ともすごくいい席で、楽しい記憶を詰め込んで帰ってきた。

ここまでの私は完全にお花畑で、どこにでもいる純粋なファンだったろう。

 

そこからたった数日、私はオタク人生で大きな転機を迎えることになる。

 

その日

この日のことを私は「7.12事変」と呼んでいる。忘れもしない。

現代人なら、朝起きて目覚まし代わりにツイッターを見る人も多いだろう。その日もいつものようにツイッターを見た。文字通り飛び起きた。

 

私は過去に2度、推しの結婚を経験したことがある。夢女子でもリアコちゃんでもないので、推しには幸せになってほしいと思うし、結婚自体は本来はなんとも思っていない。

だが、今回はワケが違った。既婚子持ち発表ってなんだ。私が彼を応援してきた5年は既婚者だった(結婚より前から応援は始めていたが)という事実に動揺した。あの独身アピールはどう落とし前を付ける気なんだろうかと呆れて笑ってしまうほどだった。

 

今までにないケースだった。アイドルという職業であるあのジャニーズでさえ結婚を発表するので、結婚を隠すという選択肢にシンプルに驚いた。

 

関係者に話を聞いたら本当だよと返ってきたので、謎の覚悟を決めた。これまでの彼の奥様による匂わせも教えてくれた。いろんな意味で女は怖い。

その後の事務所の発表で、これは墓場まで持っていく秘密なのだな、じゃあもうこの話は終わりでいいや、幸せに暮らしてくれればそれでいいよ、とするはずだった。

 

事変の二次災害

終わらなかった。ラジオで本人がコメントを出した。

多くの人が、このコメントで彼を応援するのをやめたはずだ。私もこの3分間は未だに疑問しかない。

 

当時私が思ったことを、せっかくなのでここで少し置いていこうと思う。 

怒ってはいないんだけど、もういろんな感情がうずまきすぎてどれが本当かわかんないし、そんな祝福と本人の言葉だけで簡単にすっきりいく問題じゃない

 

あなたが追いかけた昔の声優像と、メディア露出が多い今の声優像は全く違う。それをもっと認識して、自分が様々なメディアに露出して、少なからずプライベートを切り売りして生活している芸能人である意識を持って日々生活すべきだったんだ。
声の仕事だけしてメディアにほとんど出ないとか、個人名義で歌も歌わない踊らないんだったらまだしも、そういう仕事をしている以上はアイドルや歌手と変わらない売られ方もしていることは必然だと思う。

 

表舞台に出る笑顔の推しさんは確かに虚像であることぐらいは自覚して応援してきたけど、実際パフォーマンスをしているのは自分だし、それも含めて自分であってアイデンティティであると背負いこむ責任ぐらいは持たなきゃダメだよ。別人格を演じている意識があるから責任を取る発言があの酷さなんじゃないかな。

 

つまるところ、ファンはどこまで行っても他人であって、家族は何があっても血を分ける家族で、人間としての一生を支えてくれる存在で、本当に何かあった時に助けてくれるのは家族であるから、別にファンと家族天秤にかけたらそりゃ家族取るよなっていう気持ちはわかる。

でも「すみません」だけではすんでほしくない、わがままかなあ

 

はっきりしないからこんなことになってるんでしょ?

言うなら言う、言わないならせっかく事務所がグレーにして守ってくれたんだから墓場まで持っていけよ!

そんな言葉を選んだ謝罪では迷いが見えてるし、いつもの通り人を統率できるあの演説はどこにいったの?

 

こんなことで体調崩して寝込んで今も睡眠時間が不定期ってのばかばかしいの自分が一番わかってんだよ!!!なんでこんなクソどうでもいいことで毎日頭悩まされてんだかって感じだよ!!!素直にはいおめでとうよかったねで済むような単純な頭でいられたらどれだけ幸せか!!!

 

私の中の推しさんが家宅捜索を受けて、次々に押収される毎日

 

ちょっと考えたけど、今のタイミングがどう考えても人生の分かれ道だよね?ここでファンをやめなかったら私一生ファン続けるんじゃないの?

 

ここまで言っておいて、未だにファンを続けています。こりゃダメだ(笑)

笑ってください。(笑)

 

上にもあるように、あのコメントからおよそ2週間ほど私は悩み続け、体調がおかしくなった。勤務先の人にも推しさんが好きなことは知られていたので、わりと本気でみんな心配してくれて人情を知った。皮肉な話だ。

 

元々痛バを作るタイプでもないし、グッズを普段から露呈するオタクでもなかったが、「他人の父親」を待ち受けにしたり、何か自分の中に取り入れることが猛烈に恥ずかしくなって、彼のオタクとわかるようなことはとにかく一切やめた。

急に私から全ての推しさん要素が抜けたので、友人全員に心配された。

 

今でも思う。ここで推しさんのファンをもしやめていたら、私は大げさだけど、今でも悩まずに違う人生を歩めたのかもしれない。

 

週刊誌について

ここでちょっと閑話休題をさせてほしい。

彼についてどちらの立場にいる人も、週刊誌、コイツだけは許さないと思っていると思う。

私はそう思ったことは全くない。彼らは自分の仕事を全うしただけだからだ。

 

以前、友人から、ある出版社の方のこんな話を聞いたことがある。

その方はある人気漫画の編集をしている。その人にある日声をかけてきた男子はその漫画のファンだったそうだ。同時に、あるアイドルの熱狂的なファンでもあった。

 

その方は、彼には「以前週刊誌の編集者をしていた」ことを話した。彼に話をした時点では、彼が某アイドルのファンだったことも知らなかったそうだ。その週刊誌は、以前彼が好きなアイドルのスキャンダルをスクープしたことで話題になっていた。

 

その方がその週刊誌の編集を担当していたことを知った彼は、その方に「どうしてスクープしたんですか!かわいそうじゃないですか!」と詰め寄って大激怒したらしい。

 

だが、その方は現在も、彼の大好きな漫画の編集をしている。憎むべき相手は、今は自分が大好きなものを作り出す手伝いをしているのだ。

 

週刊誌は存在意義があって作られているし、それを作る彼らを憎んだところで、彼らを責める理由はないと思う。上記のような話もありえるのである。あくまでも、彼らは売れる週刊誌を作るために仕事として職務を全うしただけである。

 

どんなことも表と裏の二面があり、見方を変えれば、悪いことも良いことになる可能性がある。一概に全て悪いとは決めつけられないと思うので、私は週刊誌を全く憎んでいない。

 

その向こう側

話を戻そう。

私はまだ推しさんのオタクをしている。本推しもそのままだ。

その理由は二つある。

 

一つ目は、どこまで行っても演技が好きで応援しているからである。演技が良ければ、プライベートなんてどうでもいいや、と半ば投げやりな気持ちで吹っ切れてしまった。

どんなにアイドル売りをされていても、一番の仕事場は声優であり、本職の勝負所である演技に心をつかまれている以上、その演技に興味がなくならない限りはたぶん推しを変えられないだろうし、演技が見られるならこれからも現場に入るオタクをするのではないかなと思う。

 

二つ目は、彼自身の「儚さ」が好きだからである。彼は自分でもいうように、自己肯定力が低い。「他人に求められるから生きていける」なんてこと、3次元で言う人を初めて見た。しかももう40を越えているというのに。わりといろんなことにおいて、本当の自分の意思が皆無である。

 

本当の自分に自信がなさすぎるんだと思う。

今でもファンに一線を引くし、尖った物言いもする。ラジオではおそらく彼の方が相方さんの器の大きさに支えられているのではないだろうか。

 

 

彼は、他の声優に比べると、今後の意思や夢が全く見えてこない。ライブは早く終わりたいって言うし、次やりたいなんてしんどいことは絶対言わない。エンターテイナーとして活躍しているのに、自分の意思が見えないって結構とんでもないことだと思う。

 

例えば、彼の楽曲はレーベルでも随一のバラエティ班だ。彼を色づけるスタッフの要望に合わせ、何にでもなれるからこその持ち味だろう。

 

私たちは彼の周りによってつくられた、表に出ている「色のついた推しさん」しか知らないけれど、それでもたまに、仮面の裏が透けて見える。いい意味でも、悪い意味でも。

それは、派手な化粧や飾りをして自分を捨てながら隠す花魁のサマにちょっと似ている。

 

そういう儚さ、不完全さが好きなんだと思う。いつまでも欠けたピースを繋げないまま生きている感じが見ていて儚い。

 

ここまで来ると、来るところまで来たなという感じで、意地でもオタクやめるかよ!っていう感じになってきてしまっているのを察してほしい。辛い、

 

しかし、あの日から実は彼の人間性については推せないなと思うことも多いし、人間性で言えば、本推しにしたいくらい演技も人間性も声も大好きな声優さんを見つけてしまったし、本当はその人に担降りしたいなとも思った。

 

最近は生き生きと輝く若手声優の現場にも通い始め、一から成長を見届けるすばらしさにも気づいた。

 

なんども担降り、掛け持ち、推すってなんだろうとか、あの日からずっと考えてきた。現場に通い続けながら。

 

でも、なんかやめられないのだ。

最近なんて、「盛れてるな」「太ったな」とかまるで推しを健康診断してるような目でしか写真を見てないけど。

先日も、彼を同じく応援する友人と2人で推しの話をしたときは二人とも一回も笑わなかったことに気づき、「ああ、彼は私たちにとってどういう存在になってしまったんだろう」と思ったけど。

 

こんなに悩むくらいならやめた方がすっきりすると思う。やめられるならやめて、彼に興味をなくして、さっさと推し変をした方が楽だろう。

 

あの日にやめる選択をした人、あの日のことを素直に?祝って、何事もなかったかのようにオタクを続けている人を正直うらやましいと思った日もある。

 

もうすぐあの日から一年が経つ。周りの友人はわりと彼のオタクをやめた。気持ちが離れたらしい。

 

もうお花畑には戻れないし、かといってそこまで嫌いになりきれたわけじゃないから愚痴アカにも行けない。

 

それでも推すってことは、やっぱり盲目なのかもしれない。

 

私はあの日から、その向こう側へと進んでしまったのである。

 

今でも自分がどういうスタンスで彼を応援していけばいいかわからないけれど、いつか彼に変わるような推しが見つかるまで、私は彼のオタクをやめない。

 

めんどくさいファンでいろいろ申し訳ない。

 

ここまで読んでくれた人がいたらありがとうございます。

とりとめもないことばかり書いてしまってごめんね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1:私が前はジャニーズのオタクだったからかもしれないが